セガの高難易度設定が天然な件について

アウトラン2のミッションモードむずすぎ(id:ABA:20050201)の続き。

っていうか、「プレイ時間を延長しボリューム感を演出するためには、ユーザーに多少の苦痛を強いる結果になっても難易度を上げる必要がある……」なんて深い考えは全然なくて、「やっぱこのくらい歯応えがなきゃ楽しくないよねー♪」とナチュラルかつポジティブに難易度を決めちゃった気がするんだよ。そこがセガセガたるゆえんというか。むしろ深刻だ。

そこで出た結論が、「高いハードルを限界ギリギリで乗り越えることこそゲームのカタルシスだと開発者全員が信じて疑わないから」「その思想はセガDNAとして全部署に遺伝し、さらに関わり合いになった外部の開発会社にまで伝染することがある」だった。つまり奴らはいつだって天然だ、と。

セガのゲーム 難しい」でぐぐった。

アーケードで人気のロボット格闘です。攻め方が難しく、最初はなんだかよくわからないうちにやられてしまいます。セガのゲームらしく奥が深いゲームなので、研究が必要のようです。のめり込むタイプの人でないと難しいかも。

セガのゲームは難しいけど、その分面白いと思います。他のメーカーと違って、会社自体を応援したくなる感じです。

セガゲーは楽しさを重視しているゲームが多い

「ゲームは楽しむものでしょ、ナニいってるの」と言うのもごもっともなんですが、ムービーが重要視されているゲームとか、初心者にもわかりやすく親切にしている反面物足りなかったりとか、そういった経験はないですか?セガのゲームはこうした問題を一切クリアしています。ゲームの敷地が少し高めに設定されているものが多くちょっとトッツキ悪いものもありますが、ゲームの楽しさを感じることが出来るのはセガのゲームの持ち味です。

王者任天堂が「スーパーファミコン」を発売する前に発売したセガの決戦兵器。その処理能力の高さからゲーマーに大変好評。その為かヤケクソに難しいゲームが山盛り発売され、マニアック度は高まる一方。ソニック・ぷよぷよなどで一般ユーザを取り込んだと思ったらソード・オブ・ソダンで突き放すという凸凹戦略。

セガのゲームはよく難しいと言われるし、ドリームキャストのゲームは子供向けのがないと言われるが、自分にはそのことがよく分からなかった。しかし、先日友人が子供(4歳)と一緒に遊びに来た時にこのゲームを子供がやっているのを見て、セガのゲームが難しいというのをはじめて知った。

結論。セガゲーをやるプレイヤーはその難しさを愛している、もしくは気づいていない。よってセガ開発陣は全面的に正しい。Q.E.D.

いやなにぶんサンプルが少ないので分からんが、「ナムコのゲーム 難しい」とか「コナミのゲーム 難しい」とか「タイトーのゲーム 難しい」とかでぐぐった時とはなんか全体の論調が違う。あー「カプコンのゲーム 難しい」だとセガと似たような傾向が感じられる。主に魔界村戦場の狼方面で。

そして、それより前のカプコンは「美麗映像&激難易度アクション+シューティングゲーム職人集団」という感じだった。斬新な世界観と美しいグラフィックが評価されつつも、プレイヤーの9割が1面クリアできなかったという伝説を持つ『魔界村』(1985年)以降、とにかくカプコンのゲームは「キレイで渋いけど難しすぎ」なものが多かった。『闘いの挽歌』『アレスの翼』『サイドアーム』(これはわりと簡単だった)『ブラックドラゴン』『虎への道』……どれもこれもホント難しかった。「悲しいほど難しい」「哲学的難しさ」と評されたファミコンの『ロックマン』シリーズ(1987年〜)のイメージと相まって、「カプコン=激難』という評価はしっかり定着していった。

私が「セガらしさ」を感じるのは、要所に仕組まれた高い難易度設定である。たとえばサファイアカップの最後のコースにおける異様なまでのコースアウトの発生率や、ストーリーモードの一部のステージにおける悲しくなるような難しさなど、ゲームに溶け込まない「高い難易度」がかなりどぎつい形でゲーム中に表出しているのである。うまいカレーに激辛の唐辛子が丸ごと乗っかってるみたい。せめて刻んでくれよと。

問題はカプコンが早々に高難易度路線から脱却できたのに対して、セガがいつまでもこの路線をずるずると引きずっている理由だよなあ。アレックスキッド超魔界村レベルの難易度で、ものすごい勢いでプレイヤーに引かれていたら、今頃セガも改心していたのかも。